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[ヌードの文化史]~美術講義のヌードはセクハラになるのか?~

ここ最近、ヌードとセクハラを巡る問題がメディアを賑わせています。

京都造形芸術大学の公開講座で、画家・会田誠氏に見せられたヌード画により精神的苦痛を受けたとして、講座を受講した美術モデルの女性が同大学をセクハラで訴えた問題。

報道によると、会田氏は「少女が涙を流しながらレイプされている絵」「全裸の女性が排せつしている絵」などを見せながら美術の講義を行ったとか。

会田誠氏と言えば、そうしたエログロやロリータ、美少女などをテーマにした過激な作風で知られる画家です。

ネットなどでは「会田氏が講師を務めるのは事前に分かっていたのだから、参加した女性の自己責任」「いや、大学側の対応にも非がある」と賛否両論が湧いています。

そんな中、当の会田氏自身のこんなツイッター上の発言も話題となっています。

そもそも西洋から来た「ヌード」という美術のジャンルが、歴史的に「妙なもの」であるという点を軸に話したつもりでした。(中略)全体的には「人類にとって芸術とは何か」という僕の人生を賭けたシリアスな問いの一環だったはずです。

確かに「ヌードは妙なもの」という感覚は分かるような気もします。マネが描いた『草上の昼食』なんて「全裸女性が着衣の男性に混じってピクニックしている」というよくわからないシチュエーションだったりして。

ということで、今回は「ヌード」という肉体芸術・裸体文化がどのように成り立ってきたのかを真面目にまとめてみたいと思います。

ヌード芸術の誕生は紀元前までさかのぼる

芸術にヌードを取り入れたのは、紀元前5世紀にギリシャ人が発明した裸体彫刻が最初であったと言われています。

ただし、初期の裸体像は太陽神アポロンなど男性をモチーフにした作品が主でした。

女性のヌードが一般的に芸術作品に登場するようになったのは、14世紀頃からだとする説が有力です。

14世紀から15世紀にかけて、西洋ではギリシャ神話に登場する女神たちのヌードが数多く描かれるようになりますが、それは「女性のヌードを見たい」という人々の性的好奇心に応えるのが目的でした。

今でこそ古典的名画と称されるルネサンス期の絵画も、元々は神話を建前にしたポルノグラフィ(=性的興奮を目的にエロ行為を表現したもの)だったと言えます。

やがて風俗画が登場し、ヌード女性のモチーフが女神から庶民に移ると、題材として娼婦なども好んで描かれるようになります。

ヌードを巡っては「芸術か、猥褻(わいせつ)か」という論議が繰り返されていますが、裸体はエロ視点から切っても切り離せないもの。そもそも、ヌードとは猥褻なのです。

 

日本にはヌードや裸婦像の文化は存在してなかった

では、日本に裸体文化が芽生えたのはいつ頃のことでしょうか。

美術論では「日本人には西洋美術のような“肉体”の概念を持ってない」というのが定説となっているようです。

西洋絵画が入ってくる19世紀まで日本には肉体を礼賛する文化がなく、ヌードという概念は存在しなかったと言われています。

かの三島由紀夫は「日本にはヴィーナスもいなければアポロンも居なかった」という言葉を残しています。簡単に言えば、日本には肉体崇拝の思想がなかったというわけです。

実際、明治時代には裸体画を巡って激しい論争が展開されました。画家の黒田清輝がフランスから持ち帰ったラファエル・コランの作品は警察に画面の一部を布で覆われ「腰巻事件」として今も美術史で語り草になっているとか。

ポルノが溢れ返っている現代では考えられませんが、ヌードによって精神的苦痛を感じる日本人は昔から存在したようです。

 

ヌードを巡る表現「ポルノグラフィ」と「エロティカ」とは?

ポルノグラフィを人間の肉体をあくまでも商業的に描くものとして、芸術と区別する見方もあります。純粋に芸術的な意図で肉体や性を描いた作品群は「エロティカ」と呼ばれています。

とは言え、上述した通り、芸術におけるヌードがそもそもセクシャルな視点で成り立っているため、ポルノグラフィとエロティカを明確に区別するのは難しいとの主張もあります。

イギリスの美術史家であるケネス・クラークは、西洋絵画史における裸体表現のある作品について性的な趣旨を除外した「ヌード」、性的な趣旨を含んだ「ネイキッド」に分類することを試みています。

ネイキッドにあてはまるか否かの基準は脱衣を連想させることとし、ヌードに帽子や靴、宝飾品といった装身具をつけた女性像などはエロティックであるとみなしました。

また、アメリカの作家グロリア・スタイネムはポルノグラフィを女性差別型、エロティカを男女平等の性愛追求型と分類。エロティカによって、女性も差別意識を感じることなくポルノグラフィを楽しめると主張しました。

 

ヌード復興の機運が高まった19世紀イギリス

19世紀のイギリスでは、ギリシャ・ローマなどの古典への懐古や産業化による健康悪化への反省から肉体崇拝の関心が高まり、その結果ヌード文化が復興しました。そこには、国民の肉体を剛健にするという軍事的な需要もあったと言われます。

また、同じ頃、急速な近代化へのアンチテーゼとしてドイツで肉体回帰の運動がドイツで高まりました。この運動はヌーディズムと呼ばれ、やがてヨーロッパ全土に拡大。さらにアメリカ大陸などにも伝わっていきました。

ヌーディズム運動は、ヌーディストビーチなどで知られています。ヌーディストビーチでは一糸まとわぬヌードで日常と変わらない生活を送ることが可能。こうしたエリアは、ヨーロッパを中心に多数存在しています。

西欧にいかに裸体文化が根付いているか、こうした事実からも読み取れると言えるのではないでしょうか。

 

ヌードの文化史まとめ~セクハラ騒動の今後は?~

現代はかつてないほど世の中にヌードが氾濫している時代です。

それは日本も同じ。このような時代においては、ヌードはかつてのルネサンス期のような生々しい存在たり得ないでしょう。絵画におけるヌードが、単なる裸体を超えてよりセンシュアルな表現に向かっていくのは必然なのかも知れません。

今回の会田誠氏のセクハラ騒動がどんな展開を見せるのか、現時点では何とも言えませんが、アダルト業界に携わる者として今後も注目したいと思います。

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廓だん吉

廓だん吉

自称・風俗ウォッチャー。高校卒業後、金津園で童貞を喪失したのをきっかけに風俗遊びにどっぷりハマる。風俗雑誌の編集をしていたこともあり、仕事とプライベートで接した嬢の人数は軽く一千人以上。


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