書架と書籍と去りゆく君と

うーん、ケーキとか商品券…、とか?

誕生日なら事前に欲しいものを訊いてそれをそのままプレゼントしたりもするのですが、この場合は一体どうしたものかと、自身ではサッパリ答えが浮かばなかったので事あるごとに色々な女の子にリサーチを試みてみたりも、出てきた答えの殆んどが上のそれに類するものでした。

最近気が付いたこと。例えば、読書家の知人に何かをプレゼントするとして、若い頃、大学生ぐらいのときは自分のお気に入りの書籍を選んで贈っていたりもしたのですが、或る年齢以上になってからは、書籍ではなくそれを収める書架を贈るようになりました。読書家に贈るなら書籍か書架か、この発想の違いは案外面白いのではないかと思いました。読書家の話はあくまでも比喩なのですが、若い頃はやはり自身の「中身」をどうしても押し付けてしまうもので、プレゼントも「御為倒し」になりがち、歳を重ねて相手の「中身」を受容する「書架」の心境に至るのも多分一つの成長なのでしょう。引越しの難関は書籍とCD、書架の下敷きになって死ぬのだけは勘弁と地震の度に細君に苦言を呈されるそんな私は品川ラズベリーで責任者を勤めさせていただいているものです。

長く在籍してくれた女の子の一人が昨年末に「卒業」することになり「その記念に何かを…」というのが冒頭のお話、そもそも「記念」という私の発想自体がどうやら間違っていたようです。リサーチの結果得た回答はすべてカタチの残らないもの、誰も何も残したくないし、できれば忘れてしまいたいと、皆が皆、口を揃えて「気持ちは嬉しい」と言ってくれたのがせめてもの救いでしょうか。忘れ去られるべき存在、日陰者の悲哀を痛感しました。

結局iTunesカードを贈ることにしたのは、以前その彼女に「そのiPodの中身はどうしているの?」と訊いたときあまりよろしくない回答を得ていたのを思い出したから。別に違法ダウンロードを咎めるつもりも鹿爪らしく説教をするつもりもないのですが、音楽のようなカタチのないものにおカネを払う余裕こそがオトナの在り様の一つであると、「卒業」する彼女にそんなことを教えてあげたいという気持ちは少しありました。そもそも彼女がこの仕事を通じて誰かに与えてきたのもまたカタチのないもの、それに価値を見い出す人が大勢いたからこそ彼女の「卒業」もまたあり得たのです。楽曲の美しいメロディや散文の美しいフレーズ、それに酔い痴れる感動と快楽にも似た何かを与え続けてきたことを誇りに思えとは言わないまでも、しかし、決して恥じ入ることではない、と。

今どきはコンビニエンスストアでも買えるiTunesカードをわざわざ銀座のアップルストアまで買いに行って、ついついiPodまで買ってしまったところが私の人間的な弱さなのでしょう。「まあ、三年もすれば型も旧くなって捨ててくれるだろう」と独り得心しつつも自身の存在に三年の猶予を与えたことをひどく情けなく感じたりも。年の瀬の銀座は案外とひっそりしていました。

数千枚のCDを小さなiPodに収め、今にも崩れ落ちそうな書架にもまるで手が伸びない最近の私、誰かにひたすらに「書架」を贈り続けることで自身を「カタチあるもの」として残そうと躍起になっているのかも知れません。歳は取りたくないな、と。

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