SMとNMの逆転現象と、愛とか希望とか

 こんにちは、企画室の横尾です。ごめんなさい、嘘です。じつは、昨日からモバイルに異動となりました。でも一応枠としては企画室の枠で書いているので、今回は企画室の人間だということにさせてください。

 さて、今回はSMとNMについて語らせていただきたいと思います。「SMはわかるけど、NMってなんだろう?」というそこのあなた。たぶん、SMのこともわかってないと思います。

 なんかタイトルにするにはあまりにも長ったらしいので便宜上SMとNMにしただけで、SMがサイレント・マジョリティ、NMがノイジー・マイノリティのことです。

 サイレント・マジョリティとは、いわゆる「声なき多数派」です。じつは世の中、発言をしない、あるいは主張をしない人たちが多数を占めているんです。「じつはみんなこう思ってるのに……」という部分でじつは多数派でありながら、少数派のように肩身の狭い思いをしてしまう。

 それはなぜかというとノイジー・マイノリティ、いわゆるところの「騒がしい少数派」がいかにも自分が多数派のようにふるまっているからです。

 わかりやすい例で言うと、大手マスコミやプロ市民団体なんかがこのノイジー・マイノリティにあたります。あたかも自分が国民の代弁者であるかのようにふるまい、自らの意見を声高に主張する。

 大半の人が「なんか違うんじゃないの?」と思いつつも、ノイジー・マイノリティの望むかたちに物事が運んでしまうわけです。力関係においては、少数派と多数派のあいだに完全な逆転現象が起きてしまっています。

 でもそもそも彼らがなぜ少数派であるかを考えると、やはり彼らの考えが特異であるからです。好ましいか好ましくないかは別として、少数派である以上やはり特異なのです。

 で、「何か」を作るときって、やっぱりノイジー・マイノリティではなく、サイレント・マジョリティの声を拾う必要があると思うんです。なんせ、声がなくても多数派ですから。でもやっぱり聞こえてくるのって声が大きな人たちの声なので、それもなかなか難しいんです。

 声を拾う能力、それを選別する能力、そういったものがどんな世界で必要です。いわゆる、物事に対するリテラシーです。情報リテラシー、メディアリテラシー、マーケティングリテラシー……などなど。

 単純な声の大きさだけではなく、人々が何を望んでいるか、何をしたいのか。それをしっかりと拾っていける能力に、それに対応できる柔軟性といったものが重要なのではないでしょうか。

 とりあえず自分は、サイレント・マジョリティの声を拾っていける人間でありたいと思ってます。それができているかどうかは、また別の話ですが。
 ごめんなさい、結局愛とか希望とかは関係ありませんでした。そちらのほうは、いずれ機会があれば。
 

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