僕が、風俗のバイリンガルスタッフになった経緯

皆さんこんにちは、インターナショナル事業部のぴろしきです。
私はここに就職する前に、カナダ・オーストラリア・イギリスの三か所を1年ずつワーキングホリデー(以下、ワーホリ)で留学していました。

今回は留学からこの会社に入社するに至るまでを、お話ししたいと思います。

 

本当は英語の先生になりたかった

一番はじめの挫折からの決意

大学受験に失敗し、滑りどめで受かった大学に入学しました。
英語の先生になりたかったので、生の英語を勉強しようと思い留学を決意しました。

家庭は貧しかったので、ワーホリだったら向こうで生活費も稼ぎながら留学できると思い、大学の3年目の年に留学を決意しました。

 

留学するだけでは英語は話せるようにならない

英語が話せる環境がない

一番初めに留学した「カナダ」でのバイト先は、日本食レストランでした。カナダは比較的日本人留学生が多いので、勤務中は英語を使うことはありませんでした。
キッチン業務だったのでお客さんと話すこともなく、家に帰って「あれ、俺今日英語話してない・・・」なんてことが日常茶飯事に。

ルームシェア先も日本語の掲示板から見つけたところに入居したので、日本人に囲まれて生活する日々。留学前に思い描いていたものとは真逆の生活をしていました。ただ、英語しか話さない環境に行く勇気もなかったですし、稼がないと家賃も払えない状況だったので仕方なく同じところで8ヶ月程仕事をしました。

8ヶ月で上達したのは、そう。料理の腕くらい。

ワーホリの期限は1年しかないので、1回目のカナダ留学は残念な結果に終ってしまいました。ただ、「これでは何の意味もない!」と2回目のワーホリを決意しました。それと同時に、大学に復学する意欲もなくなってしまったので、そのタイミングで大学中退も決めました。

 

2回目のワーホリでぶち当たった壁・・・

2回目のワーホリ先「イギリス」では、日本人が住んでいないアパートでルームシェアをはじめ、仕事もシェアメイトが紹介してくれたスーパーの棚卸のバイトをしました。

ただ、お店に買い物に来る99%の人はネイティブのイギリス人。リスニング力が乏しい私はお客さんが言っていることさえ理解できずに、お客さんから嫌な顔をされることが多かったです。万引きをしているお客さんが目の前に居ても、なんて注意したらいいかわからずに悔しい時間が過ぎ去りました。

元々、友達を作ることが苦手だった私にはパーティーや人づきあいは正直辛かったです。ただ、英語を話さないと勉強にならないと思っていたので、呼ばれたパーティーには必ず毎回参加し、そこでネイティブのイギリス人と知り合うことが出来ました。彼女は日本が大好きだったということもあり、英語を自然と身につけることが出来ました。

彼女と知り合った半年後には『話せなくて悔しい』という感情がなくなりました。

 

話せない悔しさから→差別される悔しさへ

3回目のワーホリ先「オーストラリア」では、英語もそれなりに話せたのでスムーズに家も仕事も見つかりました。ただ、自分の言っていることが理解されないことがあり、何度も聞き返されることがありました。(日本語訛りとイギリス英語が混ざっていたのもあるかもしれません。)

ネイティブのように話したいのに、アクセントがあるだけで『部外者扱い』をされ、差別も受けました。

同僚が話している話も言っていることはわかりましたが、日本出身の私はオーストラリアで昔流行っていたものやスラングなどに疎く、途方に暮れました。どうしたらもっと完璧に話せるのだろうと。

その悔しさから今までは興味がなかった海外映画やドラマも見る様になり、以前よりも増してリスニング力はあがりました。

 

帰国してから就職と仕事の苦悩

採用先が見つからない

海外の大学に進学した訳ではないので、それらの留学経験者に比べてライティングやリーディングが完全に劣っていました・・・。英会話にしか重点においてなかったツケが帰国後に来ました。

日本の企業はどこも、英語のテスト(TOEICなど)の点数が高いことが英語力の証明になるので、帰国後に猛勉強をして就活をはじめました。

とはいえ、英語力を求める求人情報の大半は「日本での就労経験が2年以上」「学歴が大卒必須」といった条件だったので、そもそも私が応募できる会社はものすごく少なかったです。

ただ、この3年間を絶対に無駄にはしたくなかったので『英語力を活かせる会社』に就職する!と決めて、どうにか留学斡旋会社に就職をしました。

 

日本社会に適応できない自分と給料・・・

晴れて留学会社に就職が決まった筆者ですが、待ち受けていたのは厳しい現実。
小さい会社ということもあり、『サービス残業・パワハラ・イジメ・ボーナスカット』完全なブラック会社に転職してしまいました。当時は営業職をしていたのですが、成約が取れないと上司から毎日のように罵倒される日々が続きました。経済的にも、未経験入社ということもあり、給料はスズメの涙ほど。生活もギリギリで精神も崩壊しかけていました。

入社して半年のある日、自分のなかの何かがプツンと切れ会社を辞めました。

 

風俗業界との出会い

留学生からフリーターへ

若気の至りで、会社を急に辞めてしまい仕事も見つからず、一刻一刻と年月だけ過ぎてしまい、ただ生きているだけのフリーターになっていました。 

そんな時、高校時代の部活の先輩と街で偶然出会いました。
高級バックを持ち、当時の私には高いということだけ分かる高級時計を左手にはめ、キマったスーツを着ている先輩の今の仕事を聞くと、意外な発言が。

「俺、風俗の店長やってるんだ」

正直、風俗業界に偏見しかなかった私は返す言葉が見つかりませんでした。
ただ、先輩が仕事の話を楽しそうに話している姿をみて「なんだかカッコイイなぁ・・・」と思い、風俗業界に興味が湧いてきました。

話を聞く限り、先輩の働いている会社は怖い人などはいないそう。

私はキラキラして、お金にも余裕がある先輩に憧れを感じたのだと思います。
私自身の今の状況も風俗業界に入れば逆転できるのではないか。と率直に思いました。

家に帰り直ぐにネットで風俗の求人を探し、見つけたのがシンデレラグループの幹部ナビでした。

これが私とシンデレラグループの最初の出会いです。

 

英語が話せるスタッフを募集している風俗があった

色々な風俗グループがありますが、私がシンデレラグループに応募を決めたのは『英語を話すバイリンガルスタッフ』を募集していたのが、大きな理由です。

英語手当もあり、学歴・経歴不問でも応募資格があったのが一番のポイントでした。実家からの引越しを考えていた私には寮完備もメリットが大きかったです。

 

まとめ

ここまで、応募するのを決意したとこまでお話いたしました。
私の先輩や後輩も同じ状況に置かれている人が結構いたので、これを読んでいるバイリンガルスタッフ希望者さんも共感してくださる方が居れば幸いです。

次回予告 「ぴろしき、バイリンガル風俗店員になる」

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