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入社10年目のSEO(検索エンジン対策)担当、新人時代を振り返る。

SEO(検索エンジン対策)担当の私は、今年で入社10年目を迎えた。

人の入れ替わりが激しく3年もいれば長いと言われるこの業界において、なぜ同じグループに10年もいられたのかといえば、

「そこに居場所があったから」

というのが答えになる。

 

会社組織における居場所は「自分からつかみにいく」のはもちろんのこと「周りから与えてもらう」必要がある。

この点私は非常に恵まれていた。

 

今では自分の居場所にふんぞり返っている感もある私だが、ここでもう一度初心に戻るべく、居場所を求めてもがいていた新人1年目を振り返ってみたい。

 

 

グループとの出会い

 

同世代の飯島愛が亡くなったばかりで何となく気持ちが落ち込んでいた2009年の1月、33歳でニートをしていた私は、地元埼玉県K市の街を昼間からブラブラと徘徊していた。

 

”さて次はどこで時間を潰そうか”

と思い、たまたま通りかかったブックセンターに入ると、入り口付近の求人雑誌用ラックに置いてあった「高収入ドカント」の表紙が私の目をひいた。

 

軽い気持ちで雑誌に目を通すと、そこには自分の知らない新しい世界が広がっていた。

風俗業界のスタッフ求人広告が多く、「~グループ」という大きな組織が数多くしのぎを削る様子には、一種のカルチャーショックを受けたものだ。

 

「これだ!この世界で頑張れば不甲斐ない人生を変えられる!」

と直感的に思った私は雑誌を購入し、足早に家に戻った。

 

働くならやはり大手が安心だろう、ということで「~グループ」と名前のつく求人広告を比較検討した。

そして

「風俗にビジネスとして真面目に取り組む」
「社会保険完備」

をキャッチコピーで謳っていたシンデレラグループが一番印象に残り、その日の夜、勇気を出して応募してみることにした。

 

 

面接

 

「何で風俗なの?」

と最初に面接官に問われた私は、用意してきた答えを述べた。

「はい!『風俗にビジネスとして真面目に取り組む』という御社の姿勢に非常に共感を覚えましたぁ!」

 

「・・・」

そんなことはどうでもいい様だった。

 

そのあとも色々質問を受けたが、

「◯◯さんは現場は向いてないと思う。多分店長とぶつかるだろうから」

というのが彼の結論だった。

 

”西川口店の店長になって毎日講習をしたいハァハァ”

という私のもくろみは、早くもついえた。

 

「ちょっと待ってて」

といって喫茶店の外に出た面接官は、誰かに電話をしているようだった。

かなり長く話していたような記憶がある。

 

 

しばらくして戻ってきた面接官は開口一番

「社長が会うって言ってるから、これから横浜に行ってもらえるかな?」

と言った。

 

私は困ってしまった。

面接場所である五反田までの往復の電車賃しか持ってきていなかったからだ。

「すいません・・・横浜まで行ったら帰ってこれないです」
と情けない告白をし、「マジで?」と憐れみの目で見る面接官から、確かそのとき2,000円程借りた。

 

「じゃあ一緒に頑張りましょう!」

と五反田駅で握手をして見送られた私は、横浜を目指して出発した。

 

この時、私の人生は大きく動き出した。

 

 

初出勤

 

横浜の関内駅で当時の社長と二次面接をした結果、私は経理担当として入社することに決まった。

 

オフィスは新横浜。

埼玉から通うのは大変なので寮を提供していただけるとのこと。

本当にありがたいことだった。

 

2009年1月19日(月)の朝10時半、生まれて初めて新横浜駅に降り立った私は、駅まで迎えに来てくれた総務の方に連れられ、オフィスに初出勤した。

 

土足厳禁のフロアは小奇麗で、しかも若くて爽やかな男女が多いのは意外だった。

全体的に雰囲気が明るい。

それにオフィスの所々に点在する怪しい中年男性たちも、それぞれ都合良く溶け込み、絶妙なスパイスを効かせていた。

私はすぐにこのオフィスが気に入った。

 

社長室に呼ばれた私は直属の上司を紹介され

「経理じゃなくてSEOをやってもらうことになった」

と突然言われた。

 

「SEO?」

良く分からないけど何でも良いと思った。

俺ならできる、と。

 

このとき私の横にいた上司の引きつった不自然な笑顔を、今でも鮮明に覚えている。

「なんか面倒くさそうなやつが来たな・・・」

そう思ったかもしれない。

 

 

勉強の日々

 

私の上司は当時、1人でSEOを担当しながらWEB全体を仕切る立場にもあり、とても忙しかった。

 

そのため私にかまう時間はほとんどなく、私はほとんど放置状態だった。

「何が分からないかも分からない」状態から私は毎日、HTMLコーディングの勉強をしたり、上司から教えてもらったSEO情報サイトの内容をひたすらインプットしたりしていた。

 

そんな状態が2週間も続くとさすがに

「俺は何の役にも立っていない」

と心配になり、たまたまエレベーターで居合わせた社長に直談判をした。

 

「仕事がないんです。このままでは僕何のためにいるのか・・・」

 

社長は申し訳なさそうに言った。

「ごめんもう少し待って!◯◯君は今すごく忙しいからさ。俺も時間があるときに色々教えるから!」

 

WEB業界未経験で入った私の取扱いは、なかなか難しいようだった。

 

そんな日々が3カ月近く続いたが、ひたすら黙々と大量のインプットを続けた結果、私の中で徐々にSEOの全体像がつながり始めていた。

 

 

試練

 

入社して3カ月が過ぎた4月頃、社内で企画会議が行われた。

 

選抜された15人ほどが大きな会議室に集められ、社長を前に新しいアイデアをプレゼンすることになった。

私もお試しでそのメンバーに選ばれたが、そういうことに慣れてなかったため、あまり自信がなかった。

 

会議当日。

他のメンバーは皆、色鮮やかな資料を用意していて自信満々で、しかもトークがうまかった。

 

「素晴らしぃ~っ!」

という社長のリアクションを得た人たちは皆、意気揚々だった。

特に私の1カ月後に入社したNさんは当時40歳くらいだったが、修羅場をくぐってきたという自信が溢れ出ていて、内容もずば抜けていた。

 

周りがすごいと余計に自信を失う。

私の資料はエクセルで枠線を引いた程度のショボい内容で、話の内容もショボかった。

案の定、私のプレゼン後はほとんど反応がなかった。

 

それでも気を使ってくれたのか、節々で自分以外のプレゼン内容について社長から意見を求められた。

その度に「何かここで気のきいたことを言わなくては」と焦る。

そして焦れば焦るほど見当違いの発言をしてしまい、場の空気を冷やした。

 

私は少しずつ気配を消していき、やがて地蔵のように動かなくなった。

 

会議の後、社長から全員に向けて

「出ても意味のない人は次から出なくていいから」

とのドSなご発言があり、明らかに私に向けたものだったので涙目になった。

 

「もう飛んでしまおうか」とさえ思った。

 

ただ、その日の夜社長から「大丈夫?」と気遣われたので、何とか持ちこたえることができた。

一応フォローはあったのだ。

 

 

チャンス到来

 

それからしばらく自己嫌悪の日々が続いていたが、ひたすら黙々とSEOのインプットだけは続けていた。

 

そんな私を遠くからニヤニヤしながら眺めている1人の怪しい中年男性がいた。

現場上がりで社内では一番怪しく、それでいて影響力のある人だった。

なぜかいつも私をイジってくれて、その頃精神的にかなり助けられた。

 

そんなある日、流れを一気に変えるようなチャンスが訪れた。

今でもあの日のことを鮮明に覚えている。

あの日がなければ、遅かれ早かれ居場所を完全に失くして会社を辞めていたと思う。

 

確か5月のことだった。

グループで運営している集客系ポータルサイトのリニューアル案件が持ち上がり、その企画メンバーとして10人程が選抜された。

 

私は選ばれず、会議当日。

私は自分の席でいつものように黙々とインプットしていた。

 

するとあの怪しい中年男性が近くに来て、

「◯◯さんも会議出て!」

と言う。

 

「俺会議呼ばれてませんから」

と私は少しフテ腐れて言ったが

「いいから来いって!」

ときかない。

 

「えー?マジすかー?いいんすかー?」

とか言いながら仕方なく会議室へ一緒に入った。

 

が、案の定

「あれ?あんたも来たの?」

という空気を感じ、非常に気まずかった。

 

 

とりあえず会議スタート。

内容は、古くなった集客系ポータルサイトの広告収入をいかに上げるか。

リニューアルは必須で、ポイントはSEOにあった。

 

SEOとなれば、当時SEOを仕切っていた私の上司が中心となるはずだが、彼はいかんせん忙しい。

そのため自然と私にも意見が求められるようになった。

ここでまた的外れなことを言えば、今度こそ完全に抹殺される。

 

ところが、SEOのこととなればそれまで何ヶ月もインプットを続けてきただけあって、スラスラと自信を持って答えることができた。

さらにはその発言一つ一つが、我ながら的確で説得力があった。

およそ3カ月間積み重ねてきたものが、花開いた瞬間だった。

 

前の企画会議の時とは大違い。

社長も

「おやおや?前とは少し違うぞ」

と感じたようだった。

 

そのとき

「今の俺、最高にいけてるんじゃないか」

と非常に自信がついたのを覚えている。

 

結局、そのプロジェクトの仕切りを私の上司に代って任されることになり、半年後にはしっかり結果も出すことができた。

 

その時以来、私は社内で他の追随を許さない活躍を続けた。

 

 

そして今

 

あれから10年近く経ち。

 

あの頃会議室にいたメンバーは、もうほとんど残っていない。

あの時私にチャンスをお膳立てしてくれた怪しい中年男性も、5年前にグループを去っていった。

 

あの後も様々な試練を経験したが、その度に別の怪しい中年男性たちが助けてくれた。

頑張っていれば誰かが必ず見ていて引き上げてくれる。

それがこのグループの文化なのかもしれない。

 

10年前は電車賃にすら困っていた私も、今では渋谷に6年前に買ったマンションで、猫4匹と平和に暮らしている。

シンデレラグループに感謝。

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